「ドライアイ」の語源は?〜「乾いた目」を意味する英語が病名として定着するまで


「ドライアイ」という言葉の起源

「ドライアイ」は、涙の量や質の変化によって目の表面が乾燥し、疲れ目やごろごろした異物感、まぶしさなどを引き起こす目の病気を指す言葉である。この語は英語の医学用語「dry eye」をそのまま片仮名にした借用語で、文字どおり「乾いた目」という意味を持つ。日本語としては1990年前後から使われるようになったとされており、比較的新しい病名である。

英語の医学用語「dry eye」の成り立ち

「dry eye」という表現の背景には、20世紀前半の眼科学の歴史がある。スウェーデンの眼科医ヘンリック・シェーグレンは1933年、涙腺や唾液腺の分泌が低下する自己免疫疾患(シェーグレン症候群)に伴う目の所見として「乾性角結膜炎(keratoconjunctivitis sicca)」を報告した。その後1950年に、アンドリュー・デ・ロエット(Andrew de Roetth)という研究者がこの状態を指して「dry eye」という呼び方を用いたとされ、これが今日使われる英語表現の起点のひとつとされている。

日本語表現として根づいていった時期

日本の眼科領域では長らく「乾性角結膜炎」や「眼球乾燥症」といった漢語の医学用語が使われていた。これに対し「ドライアイ」という片仮名表現が実際に広く使われるようになったのは1990年頃からとされる。英語の病名をそのまま音写した言葉のほうが、症状を直感的にイメージしやすかったこともあってか、専門家の間だけでなく一般にも急速に浸透していった。

1995年、世界に先駆けて日本で定められた定義

日本におけるドライアイの歴史で大きな出来事は、1995年にドライアイ研究会が世界に先駆けてこの病気の定義と診断基準を策定したことである。それまで明確な診断基準を持たなかったドライアイという状態が、この時初めて医学的にきちんと定義づけられた。この定義と診断基準は、その後2006年、そして2016年にも改定が重ねられ、涙液層の安定性の低下を中心に据えた現在の定義へと更新されてきた。

「乾性角結膜炎」から「ドライアイ」への呼び名の変化

かつて眼科の診断名として使われていた「乾性角結膜炎」は、シェーグレン症候群のような特定の疾患に伴う重い症状を指すニュアンスが強い言葉だった。一方で「ドライアイ」は、加齢や生活環境、コンタクトレンズの使用など、より幅広い原因によって起こる目の乾燥状態全体を指す言葉として使われるようになっていった。同じ「乾いた目」を扱いながらも、呼び名の変化とともに指し示す範囲が広がっていったといえる。

パソコンの普及とVDT症候群が後押しした認知の広がり

ドライアイという言葉が日本で急速に知られるようになった背景には、職場へのコンピューター導入が関係している。日本では1980年代半ば頃からVDT(Visual Display Terminal)作業による健康影響が注目されるようになり、当時の労働省は1985年12月に「VDT作業のための労働衛生上の指針について」を定めて行政指導を始めた。その後、情報処理技術の進歩によってIT化が急速に進み、画面を見つめる作業でまばたきの回数が減ることが、目の乾燥を招く要因のひとつとして知られるようになった。

現代の生活環境とドライアイ患者数の増加

ドライアイはもともと加齢に伴って涙の分泌量が減ることで起こりやすいとされてきたが、近年はエアコンによる乾燥した室内環境、パソコンやスマートフォンの長時間使用、コンタクトレンズ装用者の増加といった現代的な生活習慣も、発症を後押しする要因として挙げられている。こうした要因が重なり、日本国内の推定患者数は2,200万人にのぼるともいわれ、幅広い世代にとって身近な目の不調となっている。

診断基準の改定に見る病気の理解の深まり

1995年に定められたドライアイの定義と診断基準は、その後の研究の進展を反映して2006年、2016年と改定されてきた。当初は涙の量の減少に重点が置かれていた定義が、涙液層の安定性そのものに着目する内容へと見直されていった経緯は、この病気に対する医学的な理解が時代とともに深まってきたことを物語っている。

「ドライアイ」という言葉が示す現代の目の不調

「ドライアイ」という言葉は、シェーグレンによる眼科疾患の報告から半世紀以上を経て、英語の医学用語がほぼそのままの形で日本語に取り入れられ、パソコンやスマートフォンが生活に欠かせない現代において、誰もが経験しうる身近な不調を指す言葉として定着した。漢語の医学用語ではなく片仮名の言葉が病名として広く使われるようになった過程には、画面を見つめ続ける生活様式の変化そのものが映し出されている。