「池袋」の地名は水が溜まる袋状の地形から来ていた


1. 「袋」は三方を囲まれた窪地を意味する

「池袋」の「袋」は、三方あるいは四方を丘や台地に囲まれた袋状の低地・窪地を表す地形語です。袋のように周囲が閉じた低い土地に雨水が集まり、自然に池や湿地が形成されます。こうした地形に由来する地名は「池袋」のほか、「鶯谷」「大塚」など武蔵野台地の周辺に多く見られます。

2. 「池」は実際に存在した湿地と溜め池

「池袋」という地名は、窪地に自然にできた溜め池に由来するとされています。江戸時代の古地図には、現在の池袋一帯に複数の沼地・溜め池の記載があります。武蔵野台地の東縁にあたる池袋周辺は水はけが悪く、雨水が低地に溜まりやすい地形でした。

3. 地名の初出は室町時代

「池袋」という地名が文献に登場するのは室町時代とされています。現在の練馬区・豊島区一帯を治めた豊島氏(としまし)に関連する文書に「池袋郷」の記載があります。豊島氏は武蔵国の有力な武士団で、池袋一帯はその所領のひとつでした。

4. 江戸時代は農村地帯だった

江戸時代の池袋は都市の外縁部にある農村でした。現在の繁華街からは想像しにくいですが、田畑・雑木林・湿地が広がる静かな村落だったのです。徳川将軍家の鷹狩り場としても利用された記録が残っており、豊かな自然環境があったことがわかります。

5. 池袋駅の開業は1903年

池袋駅が開業したのは1903年(明治36年)、日本鉄道(現JR山手線)の池袋駅として誕生しました。翌1904年には東上鉄道(現東武東上線)が、1915年には武蔵野鉄道(現西武池袋線)が乗り入れ、一気に交通の要衝となっていきます。

6. 西武と東武、東西で分かれた百貨店戦争

池袋を象徴する存在が西口の東武百貨店と東口の西武百貨店です。西側に東武、東側に西武という一見矛盾した配置は、それぞれの鉄道路線の乗り入れ口が東西に分かれていることに由来します。戦後復興期から高度経済成長期にかけて、両百貨店の競争が池袋の繁栄を牽引しました。

7. 「サンシャイン60」は旧巣鴨プリズンの跡地

池袋のランドマーク「サンシャイン60」(1978年完成)が建つ場所は、戦前・戦中に**巣鴨拘置所(通称・巣鴨プリズン)**があった場所です。戦後はGHQが管理し、A級戦犯を収容した施設でした。1971年の閉鎖後、跡地が大規模再開発され「サンシャインシティ」として整備されました。

8. 池袋の「池」は今もある?

かつての溜め池はほとんど埋め立てられ、現在では痕跡を探すことが難しくなっています。ただし、地名研究者によると豊島区内の一部に微地形として低地が残っており、大雨のたびに浸水しやすい場所があることが「池のある袋地」の名残だとされています。

9. 「としま」は豊島区の地名にも生きている

池袋を擁する豊島区の「豊島」も、かつてこの地を支配した豊島氏に由来します。「豊島(としま)」という読みは、「豊かな島状の台地」を意味するとも言われ、武蔵野台地の地形を反映した古い地名です。池袋と豊島はともに、この地域の地形の記憶を名前に留めています。

10. 乗降者数は世界有数のターミナル駅

池袋駅はJR・東武・西武・東京メトロの4社が乗り入れる巨大ターミナルで、1日の乗降者数は新宿・渋谷と並んで世界トップクラスです。湿地と農村が広がっていた村落が、鉄道の結節点として発展した好例で、日本の近代化が生んだ大都市の縮図といえます。


水が溜まる窪地、という地形の必然が「池袋」という地名を生みました。かつての湿地は今や世界トップクラスの乗降者数を誇るターミナルに変わりましたが、地名にはその地の記憶がしっかりと刻まれています。