「くしゃみ」の語源は呪い?噂?世界共通の迷信がおもしろい


語源は魂を呼び戻す呪文「くさめ」

「くしゃみ」の語源は**「くさめ」**という言葉だとされています。中世の日本では、くしゃみをすると体から魂が抜け出し、寿命が縮んでしまうと信じられていました。そこで、抜けかけた魂を呼び戻すために唱えられたのが「くさめ、くさめ」という呪文です。この呪文の名がそのまま現象そのものを指す言葉となり、「くさめ」が音変化して「くしゃみ」になったと考えられています。歌舞伎の台詞回しなどでは「くっさめ」という促音の入った形も見られ、発音が揺れながら定着していったことがうかがえます。

「くさめ」自体の由来をめぐる複数の説

肝心の「くさめ」という呪文がどこから来たのかについても、いくつかの説が伝わっています。有力とされるのが、陰陽道で唱えられた「休息万命(くそくまんみょう)」あるいは「休息万病(くそくまんびょう)」という呪文が早口に縮まって「くさめ」になったとする説です。さらに遡ると、梵語(サンスクリット語)の「クサンメ」に由来する語が「休息万命」という漢字表記に転じ、それが日本語として崩れていったという説明も見られます。このほか、「糞食らえ」を意味する「糞食め(くそはめ)」が悪霊への呪いの言葉として縮まったとする説、単純にくしゃみの音そのものを写した擬声語が名詞化したという説もあり、いずれが決定的かは定まっていません。

なぜくしゃみで魂が抜けると考えられたのか

くしゃみと魂を結びつける発想の背景には、古代から中世にかけての日本人の身体観があります。当時は、呼吸や体液の出入りに霊的な意味を見出す考え方が広く存在し、突発的に体外へ強い勢いで空気が飛び出すくしゃみは、単なる生理現象ではなく「何か普通でないことが起きた」印として受け止められていました。同じ発想は世界各地の民間信仰にも見られ、くしゃみを体調の異変や霊的な出来事の予兆として扱う文化は日本に限りません。

『徒然草』に描かれたくしゃみ封じの呪文

鎌倉時代の随筆『徒然草』第四十七段には、この信仰を伝える具体的なエピソードが記されています。作者が清水寺へ参詣する道中、年老いた尼が独り言のように「くさめ、くさめ」と繰り返し唱えているのに出会います。不審に思って尋ねると、尼は機嫌を悪くしながら、くしゃみをしたときにこの呪文を唱えなければ死んでしまうという言い伝えがあり、自分が乳母として育てた稚児が比叡山で修行中で、今ごろくしゃみをしているのではないかと案じてその子のために唱えているのだと答えます。吉田兼好が滑稽な逸話として書き留めたこの話から、鎌倉時代にはすでに「くしゃみ=呪文で防ぐべきもの」という認識が庶民の間にも広く浸透していたことが読み取れます。

「噂されるとくしゃみが出る」という言い伝え

「一回で褒められ、二回でけなされ、三回で惚れられ、四回で風邪をひく」というくしゃみの回数占いは、江戸時代に成立したと伝えられています。くしゃみを自分の外側で起きている出来事、つまり他人の噂や感情と結びつける発想は、くしゃみが体内からではなく外部からの霊的な影響によって引き起こされるという中世以来の考え方の延長線上にあるといえます。噂と結びつける言い伝えの詳しい回数や順序には地域による違いも伝わっており、必ずしも全国一律の型があったわけではないようです。

英語の “Bless you” も同じ発想から生まれた

くしゃみと魂を結びつける発想は日本だけのものではありません。英語圏でくしゃみをした人に “Bless you”(神のご加護を)と声をかける習慣は、くしゃみによって魂が体から抜け出す、あるいはその隙に悪霊が入り込むとする中世ヨーロッパの迷信に基づくといわれています。地理的に離れた文化圏で、くしゃみを霊的な出来事として捉える発想が独立に生まれた、あるいは古くから伝播していたと考えられる点は興味深い共通点です。

世界各国に残るくしゃみへの声かけ習慣

ドイツ語では “Gesundheit”(健康を)、フランス語では “À vos souhaits”(あなたの願いが叶いますように)、アラビア語圏では「神のご慈悲を」を意味する言葉がくしゃみの後にかけられます。文化的背景や具体的な言い回しは異なっていても、くしゃみをした相手を気遣う一言を返す習慣は世界各地に広く見られ、くしゃみが単なる生理現象以上の意味を持つ出来事として扱われてきた歴史を物語っています。

「はくしょん」という日本語独自のオノマトペ

くしゃみの音を表すオノマトペは言語ごとに異なります。英語では “achoo”、フランス語では “atchoum”、韓国語では「에취」、中国語では「阿嚏」と表記されます。日本語の「はくしょん」もこうした擬音語の一つであり、実際の音をどう聞き取り、どう文字に写すかという感覚の違いが、言語ごとの表現の差となって表れています。

くしゃみの速度と我慢することのリスク

くしゃみで飛び出す空気の速度については、時速160km前後、あるいはそれ以上という数字が広く紹介されてきました。ただし近年の高速度撮影を用いた研究では、従来の測定方法には過大評価があった可能性が指摘されており、実際の速度はこれまで言われてきたほど極端ではないとする見方も出てきています。速度の正確な数値には研究による幅がある一方で、くしゃみを鼻や口を塞いで無理に止めようとすると、鼓膜の損傷や血管への負担など体への影響が起こりうるとされ、我慢すること自体にはリスクがあるという点は医学的にも指摘されています。

光を見るとくしゃみが出る「光くしゃみ反射」

明るい光を見た瞬間にくしゃみが出る現象は「光くしゃみ反射」と呼ばれ、日本人ではおよそ4人に1人にあたる約25%に見られるとされています。視神経と、くしゃみを引き起こす三叉神経が脳内で近接しているため、強い光の刺激が誤ってくしゃみの信号として伝わってしまうのが原因と考えられています。家族内で見られる傾向があることから遺伝性が指摘されており、正式には「常染色体優性遺伝子が引き起こす突発性太陽視覚症候群」を意味する頭字語「ACHOO症候群」と呼ばれています。魂が抜ける恐怖から生まれた古い呪文「くさめ」と、遺伝子の働きという現代科学が説明する体質と、どちらも同じ「くしゃみ」という現象をめぐって積み重ねられてきた人間の関心の厚さを示しています。