「まぐろ」の語源――真っ黒な体色が名前になった大型回遊魚の由来
1. 「まぐろ」の語源とは
「まぐろ(鮪)」の語源には複数の説があります。最も広く知られるのは「真黒(まっくろ)」説で、まぐろの背中が非常に濃い黒・紺色をしていることから「まっくろ→まぐろ」になったとされます。別の説では「目が黒い(めぐろ→まぐろ)」とする「目黒」説もあり、どちらが正しいか確定していません。
2. 「しび」という古称
古代・中世の日本では、まぐろは「しび(鮪)」と呼ばれていました。『万葉集』にも「島の子らが 玉藻刈る見ゆ しびのひれ」と詠まれており、「しび」が古い呼称であったことがわかります。「しびれる」は「しびの動き(まぐろが捕まって動けない様子)」から来たとも言われます。
3. 江戸時代は「下魚(げざかな)」だった
現代では高級魚の代表格であるまぐろですが、江戸時代前期までは「下魚(げざかな)」、つまり庶民向けの安い魚として扱われていました。特に脂の多い「トロ」の部位は傷みやすく、「猫またぎ(猫も食べない)」と呼ばれて捨てられていたほどです。当時は鯛・鮃・鮑などが高級魚でした。
4. 醤油漬けの発明でまぐろが変わった
まぐろの評価が変わったきっかけは、江戸時代後期に「醤油漬け(づけ)」という調理法が生まれたことです。赤身を醤油に漬けて保存性を高めたことで傷みにくくなり、江戸前寿司のネタとして人気を博しました。「漬けまぐろ」は今も江戸前寿司の定番です。
5. 「トロ」という名前の由来
まぐろの脂の多い腹部「トロ」という名前は、食感が「とろとろ」していることから来ています。「大トロ(おおとろ)」「中トロ(ちゅうとろ)」と呼ばれ、現代では最高級の寿司ネタです。江戸時代に捨てられていた部位が現代の最高級品になったのは、冷蔵技術の発達と食文化の変化によるものです。
6. まぐろの種類
「まぐろ」と一口に言っても複数の種類があります。「本鮪(ほんまぐろ)」=クロマグロが最高級で、「南鮪(みなみまぐろ)」「目鉢鮪(めばちまぐろ)」「黄鰭鮪(きはだまぐろ)」「鬢長鮪(びんながまぐろ)」などがあります。缶詰に使われることが多いのは「びんながまぐろ(ビンチョウマグロ)」です。
7. まぐろの回遊と生態
まぐろは北太平洋・南太平洋・インド洋・大西洋と、広大な海域を高速で回遊する大型魚です。クロマグロは体長3m・体重400kgを超えることもあり、時速70〜80kmで泳ぐこともあります。常に泳ぎ続けていないと呼吸できないため、まぐろは止まって眠ることができない魚です。
8. 「初競り(はつせり)」とまぐろ
毎年1月の豊洲市場(旧・築地市場)の初競りで高値がつくまぐろは、年始のニュースの風物詩です。2019年には青森県大間産のクロマグロが3億3600万円という過去最高値をつけました。初競りは縁起担ぎと宣伝効果もあり、通常の相場とは異なる特別な取引が行われます。
9. まぐろの漁獲量規制
まぐろは乱獲による資源減少が世界的な問題となっており、国際的な漁獲量規制が設けられています。大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)や中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)などの国際機関が管理を行っています。日本は世界最大のまぐろ消費国として、資源管理の責任が問われています。
10. 「まぐろ」という俗語
現代の俗語では「まぐろ」は「何もしない・動かない人(特に性的な文脈で)」を指す比喩として使われることがあります。これはまぐろが釣り上げられると動かなくなる様子から来ており、本来の魚の名前とは無関係に使われています。一つの言葉が複数の意味を持つようになった現代語の例です。
「真っ黒な魚」という素直な語源から始まり、江戸では下魚、現代では高級魚へと評価が逆転した「まぐろ」。言葉の語源と価値観の変化が交差する面白い食材です。