「奥多摩」の地名は山奥の多摩川から?「たま」の語源をめぐる諸説


1. 「奥多摩」は「多摩川の奥地」を意味する

「奥多摩」の地名は読んで字のごとく、**「奥」+「多摩」**の組み合わせです。「奥」は山の奥深い場所・人里から遠い地を意味し、「多摩」は多摩川とその流域を指します。つまり「奥多摩」とは、多摩川の上流に位置する山奥の地という意味の地名です。

2. 現在の「奥多摩町」は1957年に誕生

現在の東京都西多摩郡奥多摩町は、1957年(昭和32年)に氷川町・古里村・小河内村が合併して成立しました。それ以前は「氷川(ひかわ)」という地名が中心集落の名称として使われており、「奥多摩」はむしろ地域全体を指す広域の呼称でした。

3. 「多摩(たま)」の語源・玉説

「たま」の語源として最も広く知られるのが**「玉(たま)」**に由来する説です。多摩川は古来、川底に丸みを帯びた美しい石(玉石)が多く見られる川として知られており、「玉の川」が「多摩川」になったとする説があります。実際に多摩川周辺では縄文時代から玉造りの遺跡も発見されています。

4. 「たま」の語源・霊(たま)説

日本語の古語には、霊的な力・魂を意味する**「霊(たま)」**という語があります。川や山には神霊が宿るとされた古代の信仰から、多摩川の「たま」はこの「霊(たま)」に由来するという説もあります。神聖な川として崇められた名残が地名に残ったとする考え方です。

5. 「たま」のアイヌ語由来説

「多摩」の語源をアイヌ語に求める説も存在します。アイヌ語で「タマ(tama)」は「そこ・奥底」を意味する語根とする説や、川や谷を意味する語に関連するとする説です。ただし多摩川流域にアイヌ文化の確実な痕跡は少なく、この説は傍証に乏しいとされています。

6. 奈良時代にはすでに「多摩」の地名があった

「多摩」という地名は奈良時代の律令制において**「多摩郡(たまのこおり)」**として記録に登場します。『万葉集』にも多摩川を詠んだ和歌があり、「多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだ愛しき」という歌は、多摩川の地名を含む代表的な歌として知られています。

7. 多摩川は武蔵国と相模国の境界だった

多摩川は古代から**武蔵国(現在の東京・埼玉)と相模国(現在の神奈川県)**の境界として機能してきました。現在でも多摩川を挟んで東京都と神奈川県が接しており、古代の国境がそのまま都県境として受け継がれています。奥多摩はその多摩川の源流域にあたります。

8. 小河内ダムと奥多摩湖

奥多摩の中心的な観光地のひとつである奥多摩湖は、1957年に完成した小河内ダムによって生まれた人工湖です。東京都の水道水源として建設されたもので、正式名称は「小河内貯水池」。「多摩川の奥」に作られたダムが、奥多摩という地名をさらに広く知らしめるきっかけにもなりました。

9. 「奥多摩三山」という山岳名

奥多摩には御前山・三頭山・大岳山を総称する「奥多摩三山」という呼び名があります。「奥多摩」という地名が地域ブランドとして機能し、山岳登山や自然観光のキーワードとして定着していった例です。江戸時代の庶民の山岳信仰が、現代のハイキング文化へと受け継がれています。

10. 東京都内で唯一の「村」・檜原村と奥多摩

奥多摩町に隣接する**檜原村(ひのはらむら)**は、東京都唯一の「村」として知られています。奥多摩町・檜原村・青梅市などを含む「西多摩地域」は、多摩川の上流域として「奥多摩」と総称されることが多く、地名が行政区域を超えた広域の概念として使われている珍しい例です。


「多摩川の奥深い場所」という至ってシンプルな構造を持つ「奥多摩」。しかしその「たま」という一語の語源には、玉石・霊・アイヌ語など複数の説が絡み合い、奈良時代から続く地名の重みを今に伝えています。